行動性体温調節を考慮した体感気候設計

 温熱環境の計画や設計、空調設備の制御の基礎理論として体感温度が用いられてきた。しかし、従来の体感温度はオフィス空間主体の温熱環境評価法の組込みにとどまっている。これらは、主に椅座位姿勢での軽作業を対象にした実験室空間での研究成果が根拠となっている。しかし、実験室空間よりも生活空間では行動の自由度が高いために、環境に働きかけをおこない温熱環境を調整する行動性体温調節がおこなわれている。
 快適な居住環境を創造したり、現在の居住環境を改善したりするためには、人間の持つ根幹的な生命維持機序である体温調節に関わる温熱環境が人体に及ぼす影響を人体の生理反応や心理反応を通して正確に把握することが不可欠である。この温熱環境が人体に及ぼす影響を知り、その結果を居住環境の創造や改善に活かすことを目的とした一連の研究開発である。
 家庭内事故死者数は交通事故死者数を既に上回り、このうち65歳以上高齢者は顕著な割合を呈している。高齢になると、脳や心臓の老化から、急な温度変化などにより脳溢血、心筋梗塞などの発作が起きて浴槽での溺死に至ることも多いことが指摘されている。 特に、冬期の室間温度差が問題であり、10℃以下の低温で裸体になると、血管の急激な収縮、血圧の急上昇が起こり、脳卒中、心筋梗塞などの引き金になることがある。このような健康被害を防ぎ、さらにより快適で、省エネルギー的な住環境をめざして体感温度の研究をおこなってきた。
 生活空間では床面と密接な関係にある多様な姿勢が多くとられ、この姿勢の違いが人体の熱収支に関与する人体の係数値に強く影響を与える。さらに、文化や食生活などのさまざまな要因により体格や体組成などが変化するので、人体を対象とした研究は継続的におこなう必要がある。
 本研究は、文化や気候風土を背景とした行動生体温調節としての姿勢や身体特性の変化に着目し、人体の熱収支を構成している人体係数値を明確にしている。加えて、人体の熱収支式に基づき熱伝導の条件と人体の伝熱面積を明確に組み込み、気流と気温・熱放射・湿度・熱伝導の5条件を含めた室内温熱環境評価である伝導修正新有効温度ETFと気温と風速、長波長熱放射、熱伝導、湿度、短波長日射量の6条件を含めた屋外温熱環境評価指標である拡張伝導修正新有効温度ETFeを新たに開発し、被験者を用いた実験により、それぞれの影響を加算的に表現できるとる体感指標としての有効性を明らかにしている。そして、これらの人体係数値を基に生活空間の快適温熱環境範囲を提案している。温熱環境評価に姿勢という視点を加えることで、生活空間の温熱環境をより現実的に表現可能としている。
 体感温度は人体とその周囲環境との間の熱収支を表現しているが、人体の熱収支を算出するには人体に関わるさまざまな係数値を特定する必要がある。従来は立位と椅座位の極めて条件を限定した場合での人体係数値のみを根拠として温熱環境の計画や設計、評価、制御がおこなわれてきた。本研究では、日本における生活空間でとられる立位、椅座位、正座位、胡座位、横座位、立て膝位、投げ足位、側臥位、仰臥位の基本姿勢別に人体の係数値を提案している。人体の体表面積算出式、人体の対流伝熱面積、人体の対流熱伝達率、体流伝熱面積を考慮した平均皮膚温算出式、人体の放射伝熱面積、人体の形態係数値、人体の放射熱伝達率、人体の伝導伝熱面積、熱伝導を考慮した平均皮膚温算出式、人体の椅座位を基準とした代謝量率、着衣面積増加率、着衣熱抵抗を上述の姿勢別に提案・究明している。これまでは微少量の差で姿勢の違いは無視可能になると見做されてきたが、従来用いられてきた立位や椅座位姿勢の人体係数値とその他の平座位や臥位姿勢のものとは明確な違いがあることを示し、姿勢の違いを考慮して熱収支を算定する必要があることを明らかにしている。そして、生活空間の多様な姿勢を対象とした温熱環境の条件設定に具体値を示している。加えて、新たな体感指標を開発している。人体の対流伝熱面積については、世界で初めて具体値を明らかにしたものである。また、この伝熱面積に着目した伝熱学的に正しい平均皮膚温算出式の提案も世界で初めてのものである。
 さらに、生活空間の気候形成に影響を与える地域の気候と本研究で提案した算出式や具体値を根拠とした人体データを用いて、生活行動的な体温調節・環境調節法が体感気候の形成に与える影響について定量的な検討をおこない、温熱環境計画を行う際の基礎的知見などを提供している。姿勢や熱伝導を定量的に評価することで、床冷房環境の快適温熱環境範囲を提案し、積極的な熱伝導や熱放射を利用することが、文化や生活実態に即した省エネルギーに有用であることを示している。
 以上、本研究は、生活空間の温熱環境の解明のために、人体の熱的特性値の算出式や具体値の提案、体感指標の開発をおこっていることは大きな成果であり、生活環境の創造や改善に大きく寄与している。